千林大宮校 からのお知らせ:
【環境が大事①】孟母三遷の教え
こんにちは、こんばんは、おはようございます。
千林大宮の玉置です。
寒さがようやく姿を消しつつある、時期ですね。
また来週から、少し寒さがやってくるみたいですが、やっと春がきますね。
春といえば、入学式・新学年ですね!!^_^
各学年で卒業式を迎えた人は、次はいよいよ入学式が待っています。
違った仲間と、違った環境で生活していくことになります。
そこで、新たな環境に足を踏み入れる皆さんに、環境設定はかなり大事と言うことを伝えたいと思います。
タイトルには【環境が大事①】としていますので、シリーズものにしてみました!
③までありますので、環境がいかに大事なのかを、これから書いていく3日連続の記事で感じてもらえたらと思います。
今回皆さんにお伝えしていくお話は、「孟母三遷の教え」と言うものです。
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その① 「孟母三遷の教え」
孟母は昔、「孟子」という人がいたが、その人のお母さんである。
「孟子」の「子」は「男子」の敬称になるが、現在なら「孟先生」といった意味になるだろう。
その孟子は幼い頃は「孟軻(もうか)」と呼ばれていた。
孟軻は幼くして父を亡くし、女手一つで育てられたそう。
その母親は教育に情熱を注いだ、いわゆる「教育ママ」だった。
当時、孟軻の家は墓地の近くにあり、幼い孟軻は大人の仕草を見て、近所の悪童どもと葬式の真似などをしていたのである。
母親は我が子の様子を見て、その遊びを好きになれなかったので、引っ越すことにした。
探していた住まいは市場の近くに見つかったが、移り住んでみると、また問題が生じた。
幼い孟軻は、また大人たちの姿を見て、商売ごっこをしていた。
子どもを学者にしたいと思っていた母親は、再度、引っ越すことを決めた。
熟慮に熟慮を重ねた結果、学校の近くを選んだ。
理由は、学校に通っている生徒たちをみると、書物に向かって勉強しているだけではなく、祭壇に向かって礼儀作法の稽古に励んでいるからだった。
「うちの息子も真似するなら、是非、学生の真似をしてほしい」と思いながら、孟軻がどのように変化するのかを母親は注意深く見守っていた。
すると、孟軻は母親の狙い通りの仕草を始めたのである。
幼い孟軻はうやうやしく「お作法ごっこ」を始めたのである。
母親はホッとし、安心した。
「ああ、よかった。この場所こそ、我が子を育てるのに最もふさわしい場所である。」
と思ったからである。
以上が孟子の母が我が子の教育に適した環境を求めて三度も住居を移したという「孟母三遷の教え」である。
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[2025-03-25]